道行く人のためにベンチを
  近所の人が足止める家
鈴木久子

 「建物の外の話ですが、庭の道路側に、地域のいこいの場になるようなベンチをつくってください。昔、道端にあった『お休み石』みたいな、小さなコミュニティーの広場が欲しいのです」
 東京に住む四十代のご夫婦が、私の事務所を訪ねてこられました。自宅の設計依頼で、ひとしきり話をされた後の言葉です。共働きで、小中学生三人の子育て真っ盛り。うかがってみると、敷地は日当たりの良い東南角の分譲地でした。
 自然が好きな夫は、家の周りに塀をつくらず、生け垣にしたいと希望。妻もコンクリートで固めた庭ではなく、できるだけ多く土を残したいと考えていました。お休み石は、道行くお年寄りが一息つけるように、との心遣いだと思います。
 何回も打ち合わせを重ねた後、私はお休み石として大谷石の横長のベンチを提案。三十センチ×九十センチの石が二枚分で、大人三人がゆったりと腰掛けられます。日差しの強い夏の午後には、たっぷりと木陰ができるよう、落葉樹のヤマボウシやヒメシャラを植えることにしました。
 子どもが小さいころには、家族全員で移動できるワゴン車は、捨てがたい存在です。でも、都心の敷地で駐車スペースを取るため、設計者はいつも悩ませられます。
 この家の駐車スペースは、雨水を地中に通す透水性のれんがブロックを敷き、タイヤで踏まない部分には野芝を生やしました。南側はカナメモチの生け垣とキウイを茂らせるパーゴラ(つる棚)を設け、隣に妻のリクエストでプルーンを植えました。緑は夏の照り返しを和らげ、道行く人の目から車の姿をこころもち隠す役割を果たし、レースのカーテンのようです。
 生け垣の費用は自治体から一部補助金が出ました。昼間、車が出てしまうと、キウイのぶらさがる駐車スペースは、近所の子どもたちの格好の遊び場に。立ち話の場所として、自然に人が足を止めます。
 夕暮れ時、パーゴラの向こうにともる明かりに、家路を急ぐ近所の人から「チラチラ人影の動く明かりを見ると、ほっとした」とのお言葉をいただいたそうです。
 隣の家、道を歩く人、町の風景に対して気配りする家が多くなれば、町はますます楽しく美しくなると思います。
(鈴木久子・一級建築士)