お互いの気配がわかる
  リタイア後の小さな家
冨田悦子

 「大きな家をつくって生活に余裕がなくなってしまったら、退職してせっかくできる時間も遊んでいられなくなる。小さな家にしてください」
 定年を間近に控えたご夫婦から、自宅の設計依頼です。日曜日には一緒にダンスをしに出掛けるという、とても仲の良いお二人。息子さんたちは既に家を出ていて、時々帰ってくるだけなので、余分な部屋はいらないとのことでした。
 「これから先、体力が衰えることはあっても、増すことはないだろうから」と、小さくて丈夫、快適で便利な家をお望みでした。共通の趣味を楽しみながら、毎日の暮らしを大切にしたいと考えていたようです。
 私は、お二人が日々の生活を楽しめて、自然体で暮らせる家にしたいと感じました。これは住宅をつくるとき常に心掛けることですが、特に家にいる時間の長いリタイア後の建て主にとっては、大切なポイントです。
 打ち合わせで、私が以前に設計した家の写真の中から、掘りゴタツを食卓にしているのを見て、「うちもコタツが好き。ぜひつくって」。そんな話し合いから、茶の間や台所のイメージが固まっていきました。
 出来上がったのはシンプルな平屋の家。玄関からすぐに台所、茶の間に入れて、そこから洗面、納戸、寝室、そして茶の間とぐるっと回れるプランです。内部の建具はすべて引き戸で、開けておけばワンルームのようにもなり、閉めればそれぞれが居場所を確保できるようにしました。
 茶の間は十六畳ほどですが、屋根の傾きに沿って天井を斜めに張り、はりを見せています。高い天井のおかげで、のびのびと過ごせる豊かな空間になりました。
 茶の間の前に広いウッドデッキをつくり、庭へとつなげました。台所に立つと、家の中はもちろん、ウッドデッキや庭も見渡せます。この空間の広がりは、リタイア後の家ではとても重要になってきます。どこにいてもお互いの気配がわかり、自然に見守り、見守られることができるからです。
 ウッドデッキからの眺めは視界が開け、とても心地よく夕日がきれいです。「春には家にいながらお花見」だそうです。
(冨田悦子・一級建築士)