開放的なキッチン
  「楽しく家事」を実現
加部千賀子

 「僕は水にはうるさくて、山のわき水をくんできて飲んでいる。妻は無農薬の果物で果実酒を作るのが好きです」。
 東京に住む五十代のご夫婦が私の設計事務所を訪ねて来ました。夫は水質調査や、自然生態系を模した池(ビオトープ)づくりなど、都会に自然をよみがえらせる事業を営んでいます。
 自宅として設計を依頼されたのは「風が通る自然素材の家」。妻は「今のキッチンは壁に向かって作業するので、つまらないんです。楽しく家事ができるキッチンが欲しい」とのことです。
 打ち合わせを重ね、キッチンは回遊型の対面式にし、家の中心に据えることにしました。その周りにダイニング、吹き抜け、食品庫、洗面所などを配し、洗濯機や掃除道具用の物入れもキッチンの作業線上に並べました。これなら家事がはかどります。
 わき水の入ったポリタンクは重いので、貯蔵する食品庫は車庫から直行できる配置に。棚には水や果物、果実酒をたくさん置けるようにしました。
 この家では、庭にビオトープをつくり、その脇で育てたミョウガやシソを食卓に並べるそうです。家庭菜園の野菜を使うには、キッチンと庭との位置関係が大切。ダイニングを通ってすぐ庭に出られるようにしました。キッチンから庭を眺められるので、時の移ろいや季節の変化が、単調になりがちな家事に刺激を与えてくれます。
 対面キッチンは話しながら炊事ができるため、子育て中の主婦に人気ですが、話題が少なくなりつつある熟年層にもおすすめです。互いの様子がわかり、話のきっかけになります。
 キッチン前の吹き抜けは、声や気配だけでなく、料理のにおいの通り道。入居後、それまで一切台所に立たなかった夫が、「手伝おうか」と二階から下りてくるようになったそうです。キッチンのオープン化は思わぬ効果を発揮しています。
 実際、開放的なキッチンは、家事を仕切る人を生き生きと元気にします。家族は自然とその人の周りに集まり、家族の元気につながります。 (加部千賀子・一級建築士、イラストも)