体力の低下を補える家に
  医療専門家の助言を得て
倉崎純子

 「肺がきゅっと痛い。低気圧が近づいてきたようだ。これから雨が降ってくるかもしれませんよ」
 病気で肺を一つ失った六十代後半の男性。私が初めてお宅に伺ったとき、ご自身の体の状態をこんなふうに伝えてくれました。
 全身の体力が落ちた今、以前から住んでいた家では、中で移動するのもひと苦労です。一緒に暮らす妻から、夫が家で楽に生活できるように直してほしい、と依頼されました。
 初訪問の際、私は作業療法士(OT)に同行を頼みました。建築士といっても、医療は素人。今回の依頼者のような病状の人に合わせるリフォームの設計は初めてで、身体の理解に不安がありました。そこで、患者の心身の機能回復訓練を専門にするOTの意見を取り入れ、依頼主の身体機能をより補える設計をしたいと思ったのです。
 まずは手すりの高さを設定してもらおうと、OTと一緒に夫に家の中をゆっくり動いてもらいました。そして、妻の希望とOTの助言を基に、詳細を詰めました。
 玄関の上がりかまちに踏み台を置いて、一段の高さを半分にし、足を上げる動作の負担を減らしました。その動作を支える手すりを利き手側に付けました。
 廊下にも、夫がつかまりやすい位置である、床から七十五センチの高さに手すりを設置。また掃除をしやすくするため、和室だった寝室を板張りに替えました。
 トイレは洋式便器でしたが、立ったり座ったりで体が不安定になるため、姿勢を保てるようL形の手すりを付けました。縦の手すりで立ち上がりの動作を補い、横の手すりで水平の移動と座った状態を安定させる役割を果たします。
 工事が無事に終わった後、結婚して近くに住んでいるお嬢さんが、家を見に来たそうです。妊娠中でおなかが大きかった彼女は「お父さんだけでなく、私のためにやってもらったみたいだわ」と言っていたとのこと。
 体の弱っている人にやさしい住まいは、さまざまな身体状況の人々を受け入れられる家になったようです。
(倉崎純子・二級建築士)